名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(う)178号 判決
原審並に当審証拠調の結果を綜合すれば、原判示第一の事実、すなわち「被告人は法定の除外事由がないのに昭和二十九年十月二十七日堀甚一朗をして礪波運輸株式会社金沢支店より覚せい剤二CC入アンプル二千八百本を運ばせ、金沢市増泉町百三番地の被告人居宅玄関前でこれを受取り、以て覚せい剤を所持したものである。」ことを肯認することが出来る。蓋し原審昭和二十九年(わ)第一七八号事件第二回公判調書中証人堀甚一朗の供述記載、証人堀甚一朗に対する原審証人尋問調書の記載等に依れば、(一)被告人は昭和二十九年十月二十七日夕刻、石川交通株式会社のタクシー運転手である堀甚一朗に依頼し、金沢市中町礪波運輸株式会社金沢支店より被告人居宅玄関前道路迄、木枠で囲まれ荒繩で縛られた箱様の荷物二個の運搬を為さしめ、自宅玄関前で右堀甚一朗から該荷物を自ら受取つたこと、(二)該荷物の大きさはいずれも大体証第二号ボール箱と同じ位であり、運搬した時刻は午後六時三十五分から午後七時二十分頃迄の間であつたこと、(三)堀甚一朗が車を十米程前進させ、被告人方前道路の暗いところで待つている間、被告人方玄関前でしきりに荷造りを解体する物音が聞えたこと、(四)やがて見知らぬ一人の男が荷物(個数不明)を携えて乗車し、被告人方居宅西方数百米の地点に所在する津田駒製作所北側ごみ捨場附近迄車を運転させ、一旦下車した後がさがさと、紙のような音をさせ、荷物の空がららしい物を携えて再び乗車し、車が被告人居宅附近に差蒐つた際下車したので、堀はそのまま石川交通株式会社犀川営業所に立帰つたこと、(五)間もなく被告人が犀川営業所に来り、堀甚一朗に対し、荷物に関し何か変つたことが起きたら、直ちに知らせる様依頼して立去つたこと、(六)その後間もなく同営業所に刑事が来たので、堀は直ちに被告人に対しその旨を急報したこと等の諸事実を認め得べく、次に当審第四回公判調書中証人篠田正雄、同北方外喜雄の各供述記載、原審並に当審各検証調書の記載、押収に係る覚せい剤二CC入アンプル二千七百七十本(原審昭和三十年領第十四号証第一号)ボール箱一個(同証第二号)木枠十二(同証第三号)藁繩若干(同証第四号)の各存在を綜合すれば、(七)被告人方にヒロポンらしい物が入荷したとの聞込みに依り、同日午後七時過頃金沢市広坂警察署勤務の司法警察職員篠田正雄が、犯罪捜査の目的を以て、被告人方居宅附近に赴いた際、被告人方居宅の横を流れる小川の傍で、被告人がボール箱を敲き、恰も箱の中の塵埃を、小川の中に投葉するような挙動をしていたのを現認し、さらにそれより十数米進み、被告人方居宅裏口附近に達したとき、被告人方裏口の正面、道路を隔てた個所に、覚せい剤(二CC入アンプル二千八百本)(叙上証第一号はその一部)の置いてあるのを発見し、その後引続きその監視を為し、午後八時過頃広坂警察署勤務の司法警察員北方外喜雄が、令状を携えて現場に到着するのを待ち、同人と相協力して該覚せい剤を領置したこと、(八)篠田正雄が前記の覚せい剤を監視していた際、被告人方より牧野礼三その他の者が戸外に出で来り、「警察が何をしているんや」等と言い、その附近を歩き廻つたりするので、篠田正雄は、なるべくこれらの者に逆わぬよう、慎重な態度を執つていたこと、(九)司法警察員北方外喜雄は、その際、被告人方居宅附近の田甫の中で、ボール箱一個(叙上証第二号)荷造用の枠十二(同証第三号)荷造用藁繩若干(同証第四号)を発見領置した外、さらに翌二十八日前示津田駒製作所北側ごみ捨場附近に覚せい剤(二CC入アンプル三千二百本)の置いてあるのを発見し、他の司法警察員と協力しこれを領置したこと、(一〇)領置された諸物件は、いずれも現場に於て風雨にさらされた形跡なく、現場に置かれてから、未だもつて多くの時間を経過しないと考えられるものであつたこと等の諸事実を認めるに足り、以上の諸事実を綜合すれば、叙上原審認定第一の事実を肯認するに十分であるからである。弁護人は「果して被告人が証第一号の覚せい剤を自宅玄関前で受取つたものであるか否かの点並に果して被告人がこれを自宅裏手田甫中に置いたものであるか否かの点については、これを積極に認定すべき何等の資料がない。」と主張するけれども叙上認定に係る、(1)堀甚一朗の運搬に係る荷物の大きさ、包装の状況が、前掲証第二号ボール箱、同証第三号木枠、同証第四号荒繩と符合する点、(2)被告人は当時堀甚一朗より知らせがあり次第、司法警察員の行動に対し、直ちに何等かの措置を執ろうとする心構えを見せていたことが窺われる点、(3)被告人がボール箱を敲き、塵埃を払うような挙動をしていた地点と、証第一号の覚せい剤が発見された地点との距離が、僅かに十数米を隔てるに過ぎない点等を綜合すれば、被告人は居宅玄関附近で堀甚一朗より証第一号の覚せい剤を受取つた後、犯罪の発覚を虞れ、これを同人方居宅裏手田甫中に隠匿したものであつたことを看取するに足るから、右論旨は採用するを得ない。(なお記録によれば本件公訴事実は「被告人は法定の除外事由がないのに、原判示の日被告人の居宅に於て、覚せい剤二CC入アンプル六千本を所持していたものである。」と言うにあるところ、これに対する原審認定の事実は叙上の通りであつて、これに依れば恰も原判決は、訴因変更の手続を為さずして、しかも訴因以外の事実を認定したものであるかの如き観がないでもないけれども、然しながら、原判文の前後を通読し、その趣旨とするところを仔細に吟味すれば、原判決は、被告人が堀甚一朗を介し、間接に覚せい剤の占有を獲得するに至つたかの如く見える点を、犯罪事実として認定したものでなく、居宅玄関前に於て、堀甚一朗より覚せい剤を受領し、以て該物件を所持するに至つた点のみを採り上げ、これを犯罪事実として認定したものであると解し得べく、ところで、原審認定に係る所持獲得の場所が、被告人居宅建物の内部でなくその玄関附近であり、原審認定に係る受領物件の数量が六千本でなく二千八百本であることは、既に判示した通りであるが、公訴事実に所謂居宅とは、必ずしも建物の内部のみを指称するものでなく、玄関附近の宅地若しくはこれと密接する附近の地点をもその内に包含すると解し得ない訳でなく、また、数量二千八百本は数量六千本中に包摂されること勿論であるから、以上の観点よりすれば原判決は、訴因の限度を超えて事実を認定したものと言うべきでない。)以上認定の事実は原判決挙示の証拠のみによつても、これを認定し得ない訳でない。そして見れば、挙示の証拠を綜合し、前記当審認定と同趣旨の認定をした原判決は、証拠に依らず事実を認定したものでもなければ、また、証拠の価値判断を誤り、ひいて事実を誤認したものでもないから、これ等の点に関する論旨はいずれもその理由がない。次に原審並に当審証拠調の結果を綜合すれば、原判示第二の事実、すなわち「被告人は法定の除外事由がないのに昭和三十年三月二十九日国鉄金沢駅前に於て、氏名不詳の者より、覚せい剤二CC入アンプル五百本を譲受けようとしたが、警察職員に発見されてその目的を遂げなかつたものである。」ことを肯認することが出来る。(当審認定は後記のように、原審認定と稍その趣きを異にするが、此の程度の見解の相違は、判決に影響しない。)蓋し原審昭和三十年(わ)第八十二号事件第二回公判調書中証人中岸昭雄同潟上常政の各供述記載、当審第二回公判調書中証人中岸昭雄の供述記載押収に係る覚せい剤二CC入アンプル五百本(原審昭和三十年領第三十九号証第一号)ボール紙ケース一個(同第二号)包装紙一枚(同第三号)紐若干(同第四号)の各存在等を綜合すれば、(一)中岸昭雄は北国タクシーの運転手であり、昭和三十年三月二十九日午後八時頃、被告人から電話を以て、国鉄金沢駅前迄車を遣るよう依頼され、タクシーを運転して一旦被告人方居宅に赴き、同所に於て被告人を乗車せしめた上、国鉄金沢駅前迄運転して行つたこと、(二)車が金沢駅小荷物取扱所附近に差蒐つた際、中岸は被告人の指示に依り車を停め、被告人は同所で下車したこと、(三)被告人は其の附近で氏名不詳の男と暫時立話しをして居たが、やがて右氏名不詳の男は車の傍に歩み来り、中岸に対し、円形で表面に十二なる数字の記載された合札を渡し、該合札と引換えに、百万石パチンコ店横の、荷物一時預り所(潟上常政方)から、荷物を一個受取つて呉れるよう依頼したこと、(この点原審認定と異なる)(四)中岸は車を運転して、同所より約百五十米位離れた地点に所在する潟上常政方に赴き、合札と引換えに荷物を受取つて再び乗車しようとした際、司法警察職員に呼止められ、その取調べを受けるに至つたため、依頼された用件を果すことが出来なかつたこと、(五)該荷物中には覚せい剤二CC入アンプル五百本が入つて居り、情を知らない中岸は、これを車に乗せて引返し、先刻氏名不詳の男と被告人が立話して居た地点に行き、氏名不詳の男又はその指示する何人かに、該物件を引渡す心算で居たものであつたこと等の諸事実を肯認するに足り、以上の諸事実をさらに綜合すれば、被告人が氏名不詳者より覚せい剤二CC入アンプル五百本を譲受けようとして、その実行に着手したが、司法警察員に発見されたため、その目的を遂げなかつたものであることを看取することが出来るからである。被告人は「自分が原判示の日国鉄金沢駅前へ行つたのは、覚せい剤を譲受ける為に行つたのでなく、覚せい剤を譲受けることを拒絶する為に行つたものである。」旨弁疏するけれども、しかしながら、若し覚せい剤を譲受け度くなければ、態々タクシーを傭つて国鉄金沢駅前へ行く迄もなく、其の侭自宅に引籠つて居れば事足る筈であり、拒絶するため駅前迄出掛けて行く必要があると言うのならば、その必要性について、それ相当の理由がなければならぬにも拘らず、被告人の弁疏には、斯る特別の事情に関し、人を首肯させるに足るものが、全く備わつて居ないから、該弁疏は到底措信し難いものであると言わざるを得ない。弁護人は「被告人と氏名不詳者との間の、会話の内容を窺知するに足る資料が全くないから、両者の間に於いて、覚せい剤に関する取引が行われた事実は、原判決挙示の資料によつては、到底これを認定するを得ない」旨主張するけれども、しかしながら、被告人の弁疏の不自然さ、被告人と氏名不詳者の会談直後、被告人が乗つて来たタクシーの運転手に対し、氏名不詳者が合札を手交し、覚せい剤の受取り方を委託した事実等を綜合すれば、氏名不詳者と被告人との間には、当時覚せい剤の譲渡に関する合意が成立したものであることを看取するに足るから、右主張はその理由がない。弁護人は「現物の点検をした上でなければ、売買をしないのが、取引の通例である。」旨主張するけれども、覚せい剤の譲渡行為のように、取締りの目を潜つて、ひそかに為される取引については、一々包装を解き現物を点検するいとまなく、相手方の言を信用して現物を点検せず、即時その場で、合意を締結し、直ちに現物を受授する場合もあり得ると考えられるから、該論旨もまた、これを採用することが出来ない。弁護人は「中岸は氏名不詳者に依頼されて、荷物を受取りに行つたものであり、被告人の依頼により、荷物を受取りに行つたものでないから、右両名間の取引は、いまだ以て譲渡の実行行為に着手したものと言うを得ない。」旨主張し、また、中岸に合札を手交し、荷物の受取り方を委託した者が被告人でないことは、前認定の通りであるけれども、叙上の如く氏名不詳の男が、傍に被告人も居る場所で、中岸運転手に対し荷物の受取り方を委託し、情を知らない中岸がこれを承諾し、受取つた荷物を依頼者若しくはその指示する者に交付する心算で、荷物を預つている潟上常政方に赴き、覚せい剤二CC入アンプル五百本(原審昭和三十年領第三十九号証第一号)を受取つた事実が認められるに於ては、仮令被告人自らそれ以上何等積極的な行動をとつた形跡の認めるに足るものがないとしても、右両者間の合意は、共犯者の所為(中岸を介した氏名不詳者の間接の行為)により、覚せい剤の占有を、譲渡人より譲受人に対して、現実に移転しようとする行動の段階に到達したものと言うべく、従つて被告人の本件所為は、少くとも、覚せい剤譲渡の実行若しくはこれと密接する行為に着手したものと認めざるを得ないから論旨は理由がない。右の事実は原判決挙示の証拠のみによつても、これを認め得ない訳でないから、原判決は証拠によらず事実を認定したものでもない。そうして見れば、原判決には、判示第二の事実に関し、前掲当審認定と牴触する限度に於て、事実の誤認があると言わなければならないけれども、右の誤認は既に述べたように判決に影響がなく、此の外、原判決には、非難すべき事実の誤認がないから、これ等の点に関する論旨はいずれもその理由なしとして、これを排斥しなければならない。
(裁判長判事 高城運七 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)